「獺祭(だっさい)」を製造する旭酒造株式会社は、2021年5月24日(月)に日本経済新聞朝刊(以下、日経新聞)に、新型コロナウイルスに関する飲食店の営業時間の制限をより合理的なものに見直すことを提言した意見広告を掲載しました。
感染症対策は必須であると言及しつつ、“私たちの願いは、飲食店の経営が最低限の健全さを保ち、飲食店が雇用の受け皿であり続けることです。(中略)地域社会を支えている声なき多くの人たちの「命」も、救いたい。そう、願っています。”と締めくくられた意見広告は、多くの反響を呼び、現状について考えるキッカケとなった方も多いように感じます。
今回、旭酒造の桜井一宏社長に意見広告の意図やそのメッセージの真意について、お話をうかがいました。
「ずっと注文があったお店から半年間注文がない」現場の厳しい声
――今回の意見広告を出された経緯について教えてください。
旭酒造は酒蔵ですので、お酒を卸しているパートナーである飲食店が厳しい状態に置かれているのはよくわかっていました。社内からも飲食店に対して、「何かできないか」「何かお手伝いできないか」という声もずっと上がっていました。その中で、“広告”という形で情報を発信する手段もあるのではないか…という話になったのです。
旭酒造株式会社の代表取締役社長 桜井一宏 様
飲食店は、どうしても立場上発信しづらい一面もあると思っています。制限策の当事者でもありますし、実際に協力金も発生している状況で、思っていることがあっても言いにくいのではないかと感じていた部分もあり、我々が発信しようということになりました。発信するからには「より皆様に伝わる形で出そう」と新聞広告を使って意見広告を出す事を決めました。
――意見広告を出そうと思ったキッカケはございますか?
ちょうど今年の5月上旬に酒米を作っている生産者とお会いする機会がありまして、「厳しい」という現場の声をうかがいました。飲食店が厳しいということは、その先の生産者も厳しい状況に置かれているということ。ある野菜の生産者からは「ずっと注文があったお店から半年間注文がない」といったお話も伺っていました。
――緊急事態宣言の対象エリア内の飲食店だけではなく、各地方でも見える形で影響が出ているのでしょうか?
実は、この問題について緊急事態宣言がある・なしに関係ない部分があります。もちろん、緊急事態宣言の対象エリアが一番厳しいのですが、それ以外の地域も制限策によって、“アルコールを出さないことが正義”で “お酒を出すことが悪”であり“飲食店が悪”という雰囲気になってしまっている実態があると思います。結果として、お客さんもなかなか飲食店に足を運びにくい、でも制限地域対象外で協力金が出ないという厳しい状況になっています。
旭酒造が酒蔵ということもあり、飲食店が一番目についたというのはあるのですが、実際は旅館やホテルなどの観光業やアパレル産業なども同様に厳しい現状があります。
少しでも早くこの状況について考えるキッカケを発信したい
――意見広告を出されたタイミングについて、何か意図などはございましたか?
この意見広告を出そうと考えたのが5月上旬頃なのですが、そこから最短最速の掲載で動いていたら5月24日となった…それだけですね。特に緊急事態宣言延長に合わせる意図などはありませんでした。私たちも、緊急事態宣言が伸びたことは正直びっくりしました。
少しでも早く、この状況について考えるキッカケを発信できればといった想いがありましたので、一番早いタイミングでの掲載を目指して進めていました。新聞広告は通常通りであれば、5月上旬からの動き出しだと、早くても6月上旬くらいの掲載になるらしいのですが、今回に関しては少しご無理を言わせて頂いて、このタイミングで意見広告を出しました。
――意見広告を発信する上で、日経新聞を選ばれた理由などはありますか?
感染症対策によっていのちを守っていく事を最優先としつつも、その上で経済を回していく方法を考えていくとなった時、広告を見て頂いた上で、物事を複眼的な視点で捉えてもらう必要があります。そう考えた時、ビジネスに第一線で関わる読者が多い日経新聞が良いと考えました。
――2017年に御社が出されたメッセージ「お願いです。高く買わないでください。」は読売新聞で掲載をされていましたよね。
「高く買わないでください」の広告の際は、小売店などで高く買ってしまっているお客様に伝えたいといった意図がありましたので、より広く、多くの方に見て頂けるよう読売新聞へ広告を出す事にしました。
弊社では、普段はあまり広告を出さないのですが、その時に伝えようとしているメッセージが最も届くであろうメディアを選んで出稿しています。
――今回の意見広告のメッセージは全て桜井社長が考えられたのですか?
そうですね。もちろん、色々な方からアドバイスを聞きながらにはなりますが、一貫して関わっております。
実は、この新聞広告を実施する少し前に、弊社の会長がメルマガを通して想いを発信させて頂いておりました。今回の意見広告は、そのメッセージに色々組み込んでいきながら形となった経緯もあります。
コロナの問題は0か100かじゃない。皆で向き合って、考えていく。
――今回の意見広告に込めた“想い”について教えてください。
まず大前提として、感染症対策、医療のひっ迫というのは最大限避けなければいけない、皆が協力しなければいけません。今回、意見広告を出す時も「感染症対策なんてやらなくてよいじゃないか」「経済を回そうぜ」という話になってもらっては困るというのはありました。
感染症対策、医療のひっ迫というのは最大限避けなければいけないという前提がありつつも、感染症対策の結果、傷ついて、弱って、疲弊していく人がいます。だからこそ、対策をしながらもそういった方を助ける方法や協力する道があるのではないか、それについてもっとみんなで考えてみよう、というのが今回の意見広告に込めた想いです。
私たちに今の状況を改善するような具体策があるわけでもないですし、すべてを知っていて答えを出す事ができるわけではありません。ただ、皆が正面から向き合って、知恵を出し合っていく事ができれば、より良いカタチにできるのではないか、そう私たちは考えています。
――意見広告を通して、“考えるキッカケ”を提供したのですね。
そうですね。あと、意見広告内でも書かせて頂きましたが、このコロナの問題は0か100かではないのです。「感染症対策」と「経済を回す」というのは相反するものではなく、バランスを取りながらやっていくもの、もしくは感染症対策をしっかりした上で、経済を回す施策に余力を振り分けていくものだと思っています。
政府が必ずしも全部間違っているとか、何もできていないとは思っていません。ただし、対策についてはもう少しきめ細やかにした方が良いとは思いますし、状況によっては実験的に何か新しい取り組みをやってみるのも必要だと考えています。
ただ、今の社会の雰囲気が身動きを出来ないようにしている一面もあると思うのです。絶対に失敗しない、完璧でしか新しい取り組みが出来ないという型に押し込めてしまうと、恐らく感染症対策は上手くいかないと考えています。対策を取っていった結果、「この形では難しい」と対策を考え直すことになっても、皆が皆厳しく批判するのではなく、しっかり向き合ってほしいと思っていますね。
意見広告ではありますが、「絶対にこうした方が良い」といった意味合いではなく、「もう1回皆で考えて良いカタチにしましょうよ」という想いがあります。
――この意見広告が出た後、SNSで色々な意見が交わされていましたよね。
ありがたいことにたくさんの声・反響を頂いています。
SNSで発信されている方もそうですし、私たちに直接ご意見とかお声がけいただいた皆様にも賛否両論で意見を頂いています。思った以上に賛成の声が多く、そこは嬉しい話なのですが、一方で否定的な意見がある事も私たちはポジティブな結果だと受け止めています。
要は、「問題がある」ことに対して皆が正面から向き合えて、「こんな対策が良いのではないか」「このやり方は少し失敗したね」といった声を皆が出せる、話せる状況ってとても良いと思うのです。皆様が考えるキッカケとして、我々の広告がちょっとだけお役立ちできた、一端を担えて嬉しい限りです。
――この状況を乗り越えていくためには、どういった事に取り組んでいくべきだとお考えですか?
最終的には、飲食店や現場から声が上がってくるのが一番良いと思っています。今回の意見広告は、酒造メーカーという、少し客観的な立場から苦しんでいる方がいらっしゃるという事をお伝えしたにすぎません。
その後の具体的な部分については、飲食店だったり、生産者だったりが直接声を上げていく方が良いと思っています。ただ、その上で私たちがお手伝いできる事があれば、全面的にお手伝いしていきたいですし、旭酒造として出来る限りのことをやらせて頂きたいと考えています。
――最後、読者の方に伝えたいことがありましたら教えてください。
この意見広告を見た皆様が現状について考えてくれたことに対し、苦しい状態にいる飲食店の方から「嬉しかった」といった声をいただいています。実は、飲食店に対する厳しい制限策で、「自分たちは必要ないのではないか」という精神的な部分で悩まれている方も多くいらっしゃいます。
今回、SNSなどで意見広告に対する賛成の声が、「自分たちがやっている事が受け入れられた」「飲食やお酒が悪じゃないんだ」という気持ちの部分に繋がっている部分もありますし、原動力にもなっています。
「頑張ってほしい」といった皆様の声、1つ1つがとても大切ですので、是非そういった想いを発信・表現していただきたいと思っています。