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高速道路は甲子園 看板の帝王「きぬた歯科」が語る看板戦略
街中を歩けば思わず目を引く派手な看板、黄色やピンクの地色に大きく「インプラント」の文字と眼鏡をかけたおじさんの顔写真。東京都八王子市にある歯科医院「きぬた歯科」の看板広告は、まさに独創的です。
アドクロ編集部では、きぬた院長に直接取材を実施。本記事では、看板だけで年間2億円を投資する、きぬた歯科「看板広告」の戦略を深堀していきます。
高速道路は「道路の甲子園」
編集部:きぬた歯科といえば「看板」イメージが強いですが、普段、看板を設置する場所はどのようにして決めているのですか。
きぬた歯科:まず、設置数が一番多い野立て看板(※)の場所決めですが、紙の地図を買って幹線道路の渋滞の多いところを探していきます。
※野立て看板:路上などに設置されている看板広告。車や電車から見えるように立ててあり、企業の宣伝や道案内目的で設置されることも多い。
【相模原市中央区の新宿小学校前に設置された看板(画像提供:看板研究家 D.J.マメ氏)】
例えば、幹線道路が交わる場所とか明らかに怪しい場所って分かるんですよ。2車線が1車線になる場所、合流するところは渋滞など、交通量が多くて渋滞するところをマーキングしていきます。
あとは、X(旧:Twitter)で「渋滞」ってキーワードを調べれば「いつも渋滞してつらい」といったコメントや記事も出てくる。こういった声とマーキングしたポイントを照らし合わせて、場所を決めていきます。
既に看板がある場合もあれば、業者にお願いしてその周辺の地主を探してもらう事もありますね。都心までいくと、そういった場所には基本設置してありますね。業者もビジネスでやっていますから、大体良いポイントは設置済みなことが多いです。
編集部:高速道路沿いの看板はどのようにして選ばれているのですか。
きぬた歯科:僕の中で高速道路は「道路の甲子園」だと思っています。甲子園って全国の高校が1カ所に集まるじゃないですか。それと同じで、都内の高速道路は県外の人が走っていたり、物流運搬で走行したりと、全国様々なエリアの方が通行する。要はマス広告的な位置づけなんです。
【東京都港区の首都高芝公園近くに設置された看板(画像提供:看板研究家 D.J.マメ氏)】
一方で高速道路下の一般道は、地元の業者や地元住民が多かったりするわけです。完全に特性が違っています。
僕は八王子・多摩エリアの導線上にある4号線の新宿・高井戸エリアに集中的においています。ドライバーに衝撃を与えるのです。ブランディングには、この衝撃ってとても重要なんです。散在させてはあまり意味がない。あとは、芝公園近くとかですね。都会のど真ん中で周辺には様々な人や車が通りますから、マス的な意味合いで設置しています。
看板は最強の「ネットツール」
編集部:最近だと都内の繁華街でも看板を出されていますよね。
きぬた歯科:新宿五丁目交差点で看板を出しました。
【看板の反対側から見た写真。周辺は交通量も多く、常に人通りがあるエリアだ】
この看板を出す上で意識したのは「伊勢丹新宿店」です。伊勢丹の利用者向けにパークシティイセタンという建物があるのですが、そこから歩いてくる人が必ず通る場所です。
【★が看板設置場所。駐車場で車を止めた方が歩いて店舗に向かう際のルート上に展開】
伊勢丹に買い物に来るお客さんが狙える、かつ新宿は多くの方が行き交う街であることから設置しています。
編集部:こちらの広告、アーティストの広告と対戦したり共演している様子をSNSで発信されていますよね。
きぬた歯科:たまたま、上にある看板にアーティストの広告がよく入るのですが、勝手に勝負してX上で話題化したこともありました。もともと狙っていたわけではないです。
看板もそうですが、物事って走りながら改良していくんですよ。ビジネスもそうですが、お客さんと付き合っていくうちに、「こういうのを作ればいいかな」ってなりますよね。何でもやってみて、一旦走らせて、改良を加えるってスタンスでやっています。
編集部:確かに「アーティストの広告」が上に頻繁に掲載されるなんて、そもそも実際にやってみないと分からないですよね。
きぬた歯科:ふと気づいたのですが、看板って最強の「ネットツール」になるなと思ったんです。看板によって、ネット上でありとあらゆる人が呟くし、コメントしてくれる。ネットにお金を使っていないのに、日本中の歯医者の誰よりもネットを駆使していると言えるわけですよ。
編集部:「きぬた歯科」看板の発見報告でネット上では盛り上がっていますよね。
きぬた歯科:そうです。ネットは一般に「ターゲット広告」って言われてますけど、僕の場合は「ネットのマス広告」になっているんですよ。
SEOで「インプラント」「虫歯」ってキーワード対策を一生懸命していても、見る人は見るけど見ない人は見ない。商圏は狭まる。キーワードで難易度がいろいろあって、値段が変わってくると思いますが、対策しても同業者しか見てなかったりもするわけです。
動画広告を出すにも、あるコンテンツを見ようとした直前にCMが流れたところで、そこに消費者の意識がいくわけないじゃないですか。正直、不快でしかない。
それと比べると、僕が展開している「ネットのマス広告」はハードルが低いわけですよ。見る人のディフェンス力を弱らせるって言うか、サッと懐にはいっていくというか。ニュースメディアなどに取り上げられて、さりげなく入ってくる情報や話題は相手のガードを下げて、懐に入っていく。
そういう意味でも、日本一ネットを駆使している歯医者と言えると思いますね。
たかが看板、されど看板
編集部:看板の中で使っている「いま来てね!!」「すぐやろう」といったキャッチコピーはどうやって考えられているのですか。
【立川市、市民体育館交差点の看板(画像提供:看板研究家 D.J.マメ氏)】
きぬた歯科:あれはね、日頃からネタを探しているんですよ。何かいいキャッチコピーはないかなっていつも考えています。もう作曲家とか作詞家みたいなもんですよ。「たかが看板、されど看板」ってね。
「いま来てね」や「すぐやろう」は読みやすいし、車から走行中に見ても理解できる。スラスラ読めないと走行中は危ないですし。日々、看板のイメージをしながら、キャッチフレーズのアイデアを探しています。
編集部:看板のデザインを考えるにあたって意識していることはありますか。
きぬた歯科:看板を出す以上、見た人の頭に残らせたいんですよね。「今きてね」とか「すぐやろう」ってフレーズもそうですが、指差ししている写真をつかっているものもあります。ただ、当然チャレンジには反感を買います。
【福生市、出浦マンションの看板(画像提供:看板研究家 D.J.マメ氏)】
例えば、指差しについて「人に指をさすってとても失礼だ」ってよく言われますよね。ただ、やる前から失礼だって言われることは想定内。指差しって言っても、一本の指がそんなに強調されないんですけど、不快だっていう人もいるし、人をなめてるっていう人もいるんですよね。感じ方が人それぞれ違うわけで。
【昭島市、中神町2丁目の看板(画像提供:看板研究家 D.J.マメ氏)】
でもね、僕の考え方としては反感を買えば買うほど、その人の心に入っていると思うんですよ。もちろん差別的な表現とかは問題外ですよ。
編集部:少なくとも、実際の看板を見て指摘しているわけですもんね。
きぬた歯科:いわゆる「アンチ巨人」みたいなものです。巨人(=プロ野球チーム「読売ジャイアンツ」)が熱狂的に好きな方っていらっしゃるじゃないですか。一方で、「アンチ巨人」という言葉があるように、巨人が嫌いな方だっている。一方で、「アンチ横浜DeNAベイスターズ」って言葉はないですよね。
僕が勝手に思っていますが「振れ幅が広い」ってすごくいいと思うんですよ。アンチが出てくれば、逆に面白いなって思ってくれる人は必ずいる。
例えば、波って波と波がぶつかったときに大きな水しぶきとなってパーっと吹きますよね。でも、一方通行の波って大きな水しぶきにはならない、それと同じです。
【きぬた歯科 羅田泰和(きぬた やすかず)院長】
ただ、当然それは医療機関として適度な範囲内という前提で判断しています。以前「院長が上半身を鍛えて、ボディビルダーみたいに裸でポーズ撮った写真を使うといいのではないでしょうか」って言われたことがありました。超バズると思いますが、それは駄目でしょって。
確かに喜ぶ人もいると思うんですけどね。でも、話題化のためにそこまでやったら、もう完全にアウト。今までのことが全て水の泡ですよ。今のところはそこまで炎上していないので、たぶん自分が持っている基準で大丈夫だろうと思っています。
あるデザイナーに言われた一言
編集部:看板のデザインやイメージはきぬた院長が作られているのですか。
きぬた歯科:デザインは僕がラフな絵コンテを書いて作成してもらっています。色とかもどんどん変えていくんですよ。走らせながらです。
最初は赤を使っていましたが、赤よりマゼンダの方が、女性は好きな色ですし、男は夜のお店をイメージするので、瞬間的にアイキャッチできるんですよ。でもマゼンダだけだと、今度は下品さが強調されてくるんで、ちょっと締まった色も必要だなって。思いつきですよね。
一番目から引く色である黒に、迫ってくる印象を与えるイエローを混ぜると、一番看板として目立つ色になるんですよ。下は医療機関だからブルーですね、ブルーに白文字。
【杉並区の西荻窪駅ホームから見える看板】
以前、ある大学のデザイナーが「これを考えたやつは天才」だというんですよ。「ここまで下品で、何も風景の調和も考えずに開き直っていられる、このグラフィックは凄い」って言っていました。
もう10年以上使っていますが、適当にやっているようで、いろいろと練った結果なんですよ。他の目立っている看板を参考にしたり、本を読んだり、様々な情報を得た集大成がこの看板です。
編集部:看板は看板でも、駅看板はあまり出されていませんよね。
きぬた歯科:駅構内は市場原理が働きにくい。ビル看板や野立て看板に比べると、駅構内の看板って料金が高いんですよ。今、三鷹駅とか西荻駅、高円寺駅のホームから見える看板を置いていますが、ビル上や壁面など鉄道会社とは関係ない場所に設置しています。
【三鷹駅ホームから撮影。電車待ちの人が正面で見る格好になる】
あと、駅広告ってビジュアルが並列的に並んでしまうので、目に入りにくいんですよ。どんなグラフィックでやっても難しいと思っています。
編集部:今でこそ、看板について様々なメディアでも言及されていますが、以前は「看板はあまり効果がない」というスタンスを取られていたかと思います。
きぬた歯科:そうですね、確かに嘘をついていました。ただ、僕は「ついていい嘘」と「ついちゃいけない嘘」ってあると思うんです。
ビジネスですし、当然同業者にノウハウがばれてしまうのは避けたいわけですから。それは堂々と嘘をついたし、それを全く恥じらいもないし当然だと思っているから、こうやって普通に話しています。
ビジネスに関しては鬼になるとか、自分でない自分を演じるとか、そういうことは必要ですよ。
編集部:最近は「きぬた歯科インスパイア」と言われる看板も増えました。
きぬた歯科:インスパイアって言われはじめて、他の業者さんの様子を見るようになりましたが、多分追いつけないだろうなって。もう、その領域に来ているだろうなって思っています。
それはそうですよね、パイオニアである僕が完全に風景をぐちゃぐちゃにしたわけですよ。それこそ上半身裸の看板出すしかないけど、今度は反感を買うから、それこそシャレになんないじゃないすか。
完全に最初にリミッターギリギリまで行ってるんで、他のやつは目立とうとすればするほどリミッターを超えちゃう。もう完全にもう炎上の世界になっちゃうから、相当難しいですよ(第3回に続く)
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