公開日:
更新日:
炎上広告から考える 消費者の多様な価値観との向き合い方
広告業界で注目を集める「炎上」。その背景には、一方的な価値観の押し付けや、ステレオタイプな表現などがあります。また、消費者の意識の高まりと、SNSを通じた即時的な反応の広がりという側面も存在し、単に商品やサービスを売り込むだけでなく、社会的責任と倫理的配慮のバランスを取るという難しい課題に直面しています。
今回、イギリスの広告審査機関を研究しながら、広告の炎上事例を分析し、消費者と共に代替案を作成する独自の取り組みを行う団体「AD-LAMP」代表を務める中村氏を取材。
炎上のメカニズムから具体的な事例分析、そして消費者と共に作り上げる新たな広告アプローチまで、変化する社会と広告の関係性を探りながら、現代の広告に求められる配慮と、コミュニケーション戦略について2回に渡って解説します。
イギリスの事例から「炎上」を分析
編集部:簡単に自己紹介をお願いします。
中村:日本で広告コンサルタントを3年ほど経験後、イギリス大学院に留学し、イギリスの広告審査機関についての論文を書いています。また、「広告炎上から学ぶ危機管理セミナー」を企業や大学に提供したり、教育や市民の声を広告に取り入れるための活動として炎上した広告の作り直しを市民や教育団体と一緒に行う活動を行っています。
編集部:「広告審査機関」って何ですか?
中村:広告審査機関は、公開された広告の適切性をチェックし、必要に応じてアドバイスや指摘を行う組織です。イギリスでは広告掲載料の1%がこの機関の運営資金となっており、広告を出す時点で自動的に審査の対象となる仕組みが社会に組み込まれています。
編集部:全ての広告が対象なのですか。
中村:そうですね。OOH、ラジオや新聞、オンライン広告も対象ですね。最近規制されているのはオンライン広告が多くて、2022年だと2万件以上撤去がされたり指摘が入ったりしています。
広告を出す度に審査が入る訳ではなく「苦情が入ったら調査が入る」形式です。出稿後に消費者から苦情を受けたら、苦情に基づいて審査機関が、広告を撤去すべきか調査を行っていく流れになっています。
編集部:審査機関から指摘が入ると撤去する義務が発生するのですか。
中村:いえ、正確には指摘が入った後に撤去する、しないは任意となっています。義務ではありませんが、広告審査機関の力が強く、消費者も関心が高いので義務に近いような感覚だと思います。
というのも「これは○○の表現がダメな広告なので撤去してください」と、審査機関のホームページに撤去されるまで社名が掲載され、他のメディアでも禁止されるたびに、「審査機関がこの会社の広告を撤去するよう通達しました」って記事が出るんですよ。イギリス社会的にも、消費者側が悪い広告を許さない風潮があって、だからこそ審査機関の力が強いのだと思います。
加えて、イギリスでは日本よりも広告ガイドラインが明確です。ポリコレ(ポリティカルコレクトネス:特定の社会グループに対して不快感や不利益を与えないようにする行為のこと)的にNG、「○○表現」は女性を馬鹿にしていると見なされるからNG…といったように具体的です。
広告における「炎上」ってなんだろう
編集部:「炎上」ってよく聞きますけど、そもそも炎上の定義って何かありますか。
中村:私自身「炎上」を明確には定義はしていません。人によってはX(Twitter)で50回以上リポストされたらとか、100万インプレッションいったら…と定量的に炎上を定義している場合もありますが、私はもうちょっと定性的に見ています。「不特定多数の批判が一気に集中的に集まったら炎上」と呼べると考えています。
炎上については、吉野ヒロ子さんの「炎上する社会」という本や治部れんげさんの『炎上しない企業情報発信』から参照しています。炎上には2つの側面がありまして、1つ目が「祭り」の側面、2つ目が「制裁」の側面があります。
参考:吉野ヒロ子「炎上する社会-企業広報、SNS公式アカウント運営者が知っておきたいネットリンチの構造」
編集部:「祭り」…ですか?
中村:「祭り」の側面は、広告に直接的な原因はなく、“何か嫌だ”という一つの投稿に対して、消費者が抱いている不満や広告に関係のない文句が集まるイメージです。雰囲気で盛り上がっている側面…とも言い換えられるかもしれません。
例えば、あるタレントが出演した広告に対して、「なぜそのタレントなんだ?」とか「そのタレントの出身地は○○だ」と根も葉もない内容の投稿のことを指します。
編集部:広告の内容以外の要因で炎上するケースですね。
中村:もう1つ「制裁」の側面は、広告内容に原因があって、「この広告を制裁しないといけない」と消費者モチベーションが働くことで起きます。
広告主のステレオタイプ的な考えや思想に対して消費者の不満が出るのが、この制裁かなと思っています。この後、事例を紹介しますが、今回は「制裁」側面で炎上した事例にフォーカスして話していきます。
誇大広告のような見せ方で炎上
中村:炎上した広告を分析するとともに、どうしたらよかったのかを消費者と一緒に考えて、具体的な代案を作る活動をしています。実際の事例と、私たちが作った代案を照らし合わせながら見てください。
編集部:1つ目の事例は…これは何の広告ですか?
中村:イギリスで2015年に出されたプロテインの広告は掲示後に市民から苦情が集まって、撤去された事例です。
炎上ポイントが幾つかあるのですが、「プロテインを飲むだけで、このパーフェクトなくびれボディになる」と訴求した“誇大広告”であるとして苦情が寄せられました。
編集部:「ARE YOU BEACH BODY READY?」は直訳すると「ビーチボディの準備はできていますか?」ですかね。
中村:そうです、外見に特化して「ビーチ向けの体」と決めつけてしまっている。自分の体を愛しましょうというボディポジティブ(体のサイズや形、肌の色、ジェンダー、身体能力などに関係なく、すべての身体に対して前向きな見方をする考え方)の考えじゃなくって、“この体が正解である”と受け取られる表現であったことが炎上ポイントになりました。
プロテインという商材柄、ターゲットは男女だと思うんですけれど「痩せる」効果を起点に訴求する際に、広告に写っているのが女性だけなので、ターゲットから男性を排除してしまうことになります。また、「女性は美しくなりたがっている」という固定観念に基づいていて、広告が男性目線で作られているといえます。
そもそも体を見せるモチベーションでビーチに行く人はそんなにいないはず。これも男性的な考えに感じられます。また、綺麗になるべきと女性を煽る思想自体が駄目だよねという指摘もありました。さらに、「プロテインを飲んだ結果だけを見せる単純化した訴求方法も批判されました。プロテインが影響を及ぼせない骨格などの体形まで変わるように錯覚させたことが、誇大表現として受け取られたんです。
※下記画像でポスターに書かれた「FUCK OFF」の文字や張り紙にお気づき頂けるでしょうか。イギリスでは、消費者が広告に抗議するシーンが日常的にあるといいます。
出典:MarketingWeek - Controversial ‘Beach Body’ ad banned after hundreds of complaints
こういったポイントや指摘を元に、話し合って作った代案がこちらです。
「ARE YOU ENERGY READY?」は直訳すると「エネルギーの準備できている?」って問いかけです。様々な人種、いろんな体形の方がいる点がポイントです。あとは、元の広告が、プロテインを飲んで痩せて綺麗になった“結果”を見せていたのに対し、こちらは楽しんで飲んでいる“使用モーメント”に焦点を当てています。それによって、やせるという結果重視でなく、やせる過程を応援する企業態度が伝わりやすくなります。
また、ワークショップで出た意見を実際のイギリスの広告代理店に指示として共有し、広告デザイン案にしていただきました。出稿はしていないですが、プロが作った広告になります。
編集部:だいぶイメージ変わりましたね。
中村:真ん中のビジュアルは「ARE YOU BEACH BODY READY?」のコピーを変えないで制作した案です。コピーがそのままでも画像次第で、良い広告になるということを広告代理店が示してくれました。
編集部:ビーチで洗濯物を持っていますね。
中村:ビーチに“体を見せに行く”思想が原因で炎上した広告ですが代案ではビキニを着ていない人がビーチで楽しく過ごしているユニークで健康的な広告になっています。人種にも配慮した案になりました。
編集部:右のデザインはビーチバレーしていますね。
中村:コピーを日本語訳すると「レベッカはバキバキの腹筋は持ってないけど、子供をビーチで打ち負かすことができる」です。これはプロテインを健康のために飲んで、元気になったというストーリーを見せています。ただ、これには賛否がありまして。
レベッカは「腹筋バキバキじゃないけど」というジョークは外見を起点にしたネタなんですね。炎上しない広告を市民で作り直すプロジェクトだったのに、代理店がジョーク表現に走ってしまい、炎上しやすいルッキズム(外見至上主義の思想)をはらんだ表現になってしまいました。こういう「面白くしよう」という意識が働いて本来の配慮すべきことが二の次になってしまうことは、広告を作る現場でもよくあることなのだと思います。
編集部:レベッカさんの事例とか、私も多分無意識のうちに写真の体形を見て、腹筋バキバキじゃないところに納得してしまった自分もいて。
中村:イギリスでも意見が二手にわかれるんですよ。3つの代案の中でレベッカの広告が面白いという方も周りに沢山いましたし、ジェンダー系とか社会系の学問を学んでいる方だと、ルッキズムとかジェンダー観点で良くない広告に見える、という意見もありました。
いろんな価値観の消費者がいるので、最終的には広告主が何を選び取るかですね。従来通りのジョークを笑ってくれる消費者向けにアピールしていくのか、それともジェンダーや社会派観点を重視して、社会意識の高い企業であることを見せるかによると思います。
次はアパレルブランドの事例を紹介します。
この記事は役に立ちましたか?
記事ランキング
- 週間
- 月間
新着ニュース