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"当事者の声"を活かす広告づくり 炎上事例から考える傾向と対策
広告業界で注目を集める「炎上」。その背景には、一方的な価値観の押し付けや、ステレオタイプな表現などがあります。
また、消費者の意識の高まりと、SNSを通じた即時的な反応の広がりという側面も存在し、単に商品やサービスを売り込むだけでなく、社会的責任と倫理的配慮のバランスを取るという難しい課題に直面しています。
今回、イギリスの広告審査機関を研究しながら、広告の炎上事例を分析し、消費者と共に代替案を作成する独自の取り組みを行う団体「AD-LAMP」代表を務める中村氏を取材。
炎上のメカニズムから具体的な事例分析、そして消費者と共に作り上げる新たな広告アプローチまで、変化する社会と広告の関係性を探りながら、現代の広告に求められる配慮と、コミュニケーション戦略について解説します。
「振り返る」の解釈の違いで炎上
中村:この広告、ぱっと見たときになぜ炎上するかわからないじゃないですか。
編集部:そうですね。結構ありがちな印象もあります。
中村:ソーシャルメディアで出た広告ですが、画像内の英語を直訳すると「新学期もH&Mの服で人気者になっちゃおう」にできると思います。
炎上の原因となったのは「those heads turn」という表現で、英国では「性的な対象物に対して気を取られる」時に使われる動詞だそうです。なので、少女2人の画像とこの「those heads turn」表現が合わさり、「新学期から性的に魅力を増して人気者になろう」という意味でうけとられてしまったのです。
未成年を性的対象にすべきではないのに、性的対象として見せてしまった(見えるようにしてしまった)というところが一番の問題でした。
編集部:広告主が意図していなくても、そう思われてしまいかねない状況もあったわけですね。
中村:そうですね。それらを踏まえて、代案を作っています。
「新学期もあなたらしく自信を持ちましょう。」というコピーになっています。子供がターゲットなので、子供っぽく楽しめる意図で、新学期にバスでお友達と楽しく話している画像にしています。
【クリエイティブ・エージェンシーがAIとデザイナーで制作した代案広告】
また、広告代理店が作った案では、「kids can be kids」と子供が一番輝いているところを見せる広告になっています。
編集部:今までの話を通して感じたのですが、「子供らしく」って部分を勝手に定義しちゃっていいのかなというのは、少しもやもやしていまして。
中村:とても良い指摘だと思います。「子供らしく」ということに対して、大人の決めつけだ、みたいな炎上の仕方はあると思っています。逆に、批判が出たときに広告主がどう説明責任を果たせるかが大事だと思います。企業のスタンスを明確に示すことですね。
例えば、「”子供らしさ”ってこんなんじゃない!」と批判が上がったときに、「子供時代の醍醐味は初めての体験・経験が多い、と定義づけ、それを“子供らしさ”という言葉で表現したんですよ」と説明ができるかだと思いますね。1つ1つの表現の背後にある意図を説明できれば、炎上を起点に「消費者はどんな”子供らしさ”の表現を求めていたのか」など、ちゃんと話し合いができるわけです。
差別表現のように見えて炎上
中村:この事例は、動画のボディーローションの広告です。
動画は、いろんな肌色の人が服を脱ぐたびに画面が切り替わる内容で、黒人の方が服を脱いだ後に画面が切り替わって、白人の方が出てくる、その白人の方が服を脱ぐとまた別の方が…といった連続で服を脱ぐ動画だったんですね。その順番によって、黒人の方が白人になっているように見えたことが炎上のポイントです。
長い歴史の中で、実際に黒人の差別表現は存在し、そのたびに人種差別だと指摘されてきました。今回の事例でも、広告主としては意図していなかったかもしれないのですが、やはり黒人が差別的に表現されてきた過去事例がある以上、表現が不適切であると指摘する方がいても仕方ないと私は考えています。
編集部:どのような代案が出されたのでしょうか。
中村:元の広告の多様な人種のモデルを起用していることはそのまま踏襲し、いろんな人が商品を持っている様子を表現し、みんなのためのローションですよ」というメッセージを表現しました。それを実際にデザイナーがデザインしてくれました。
黒人差別と誤解されるような小難しい表現手法は使わず、徹底的にシンプルにみんなのためのボディーローション、と伝える広告デザインになっています。
このクリエイティブを制作するにあたって加味したのはこれらの新設定だけではありませんでした。
編集部:と言いますと…?
中村:このクリエイティブを作るにあたって、イメージを生成AIで作っているんですね。「様々な人種の方がボディローションを手の上に乗せている」といった具合にプロンプトで指示して、出てきた画像がこちらです。
AIで良いデザインになったと私は思ってたんですよ。ただ、クリエイティブ制作に生成AIを使うとステレオタイプ的な表現になる懸念もあったため、AI倫理学の専門家に「このAI画像をどう思いますか?」と話を聞きにいったんです。
編集部:どういったコメントがあったのですか?
中村:そのときに言われたのが「黒人の手のひらは白いんです」って。「AIはステレオタイプを助長するから気を付けて使わないと」って。
もし私がこの広告を出したら黒人の方は不快に思うわけですよ。ステレオタイプ的に黒人を表現した絵になってしまいました。炎上広告を作った企業と同様に、私も当事者の声を聴かないまま、広告制作してしまうのだ、と身をもって気づかされました。
こういった出来事もあり、実際に黒人の方に協力いただいて広告クリエイティブ案を作成しました。広告を作るとき、該当する方に意見を聞いて作ることの重要性を改めて感じた事例でした。
炎上しやすい広告の特徴とは
編集部:中村さんの中で、どのような広告が炎上しやすいと考えていますか。
中村:要因は複数あると思っています。
1つは「当事者と消費者を無視した広告」です。
紹介した事例でいうと、黒人の方向けに発信しているのに、黒人のインサイトや状況、気持ちを理解出来ていない点が挙げられますし、子供向け・子供を持った親への広告なのに、その親を怒らせてしまうとか。女性向けの広告なのに、女性がみんな痩せたいって思っていると決め付けてしまうといった、当事者の声を加味していない広告は炎上しやすいと思っています。
編集部:広告を制作する上で「消費者理解が大事」ってよく言われる気もしますが…なぜ、そういったことが起こってしまうのでしょうか。
中村:購買意欲を起こすことを優先させてしまうからだと思いますね。
プロテインの例でいえば、結局プロテインを買ってほしいという気持ちが先走って、結果的に脅迫するような訴求の形になっています。ビーチボディじゃないと、ビーチに行ってはいけないと女性に刷り込むことで、女性に「この体だと水着を着れない。痩せないと」と思わせて、購買に繋げるという脅し表現です。このようなコンプレックスを刺激しての訴求は炎上する傾向があると思います。
編集部:注目してもらうために、結果として脅しとも受け取れる表現になってしまうわけですね。
中村:そうかもしれません。2つ目が画一的な思想を消費者に押し付けるような表現です。
プロテインの事例では、写真があたかもたった一つの正解であるように見せてしまったことが炎上原因です。
痩せたい人向けの商品を出す際には、すでに痩せたいと思っている人向けであることが、明らかな表現にすることが、誤解を招かないための対策だと考えています。
3つ目は比較表現で、これは炎上のリスクが高いですね。
商品と競合商品の比較、商品ユーザーと非ユーザーの比較などの表現、ビフォーアフター広告などは炎上しやすいです。特に現代社会では多様な価値観が可視化されていますし、人それぞれに異なる判断基準があります。例えば、外見の良さを重視する人もいれば、機能性を重視する人もいます。
多様性を尊重する現代では、こうした一面的な広告表現には注意が必要です。
広告を作る時は「2段階で考える」
編集部:実務に落とし込んだときに、どういう対策が取れるのか、中村さんの意見を教えてください。
中村:まず、当事者の声を聞くことですね。
自分が訴求したい消費者はどんな人なのか、その訴求したい相手に対して勝手に決めつけで広告を作ろうとしていないか、というところはちゃんと確認した方がいいと思います。
方法は調査会社を使って実際のターゲットの声を聞くとか、SNSで親和性のある人の発信を見てみるとかいろいろな方法があります。「女性はこう思っている」「黒人の人はこうである」と調査もしてないのに決め付けるのではなく、いろんな人の声を聞いた方がいいですね。
あと、私は「2段階で考える」事を推奨しています。
編集部:2段階で考える?
中村:はい、炎上という視点で広告を見たときに、広告制作段階には、①マイナスからゼロ と②ゼロからプラス の2段階があると思っています。
⓵は「ターゲットの気持ちを汲む」「人をイライラさせないかの確認」など、倫理や人への思いやりといった配慮、②は広告効果に直結する面白いクリエイティブノウハウです。
炎上広告の多くは「ターゲットに刺しに行かなきゃ」「買いたいと思ってもらえる広告を作らなきゃ」と②ゼロからプラス の段階にばかり注力し、①マイナスからゼロ を怠ってしまっている例が多いです。
多様化が進む社会において、全員が納得するものは難しく、そういった意味では炎上をゼロにするのは難しいと思っています。だからこそ、企業として何を大切にしていて、どういうふうに考えてその表現に至ったのかというのをちゃんと説明できることが一番大切だと思います。
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