「広告」が嫌悪感に繋がっている可能性を丁寧に受け止める
編集部:SHARPが思い描いている、今後の目標ってなにかありますか。
SHARP:「広告が嫌われている」っていうのが、どうにかなってほしいんですよ。
僕は10年以上、広告じゃない形でどうやって広告が成立するかみたいなことをずっと考えてやってきましたが、僕は広告がもっと減ってもいいと思うんです。もしくは、少なくともこれ以上嫌われたくない。
編集部:過去、広告の制作担当をしていた経験も大きいのでしょうか。
SHARP:そうですね。作る側の乱暴さみたいなものを知ってるし、出たら出たで認知とかリーチとか、あの無慈悲さみたいなものを感じるんです。
もちろん、素晴らしい事例は毎年いつでもあるじゃないですか。素晴らしい広告を見て、いいなとか、すごいなって思う。でも、そうじゃない広告が膨大にあるわけですよね。どっちかっていうと、「そうじゃない広告」をどうにかしていかないといけないと思います。
だって、今はお金を払って広告を見ないようにしている人もいますよね。企業はお金を払って広告を出しているし、広告を見たくない人はお金を払って見ないようにしてるわけです。意味がわかんないですよね…こんな世界、誰が望んだんだと。
編集部:たしかに、サービスによっては有料プランを設けて“広告が非表示になる”仕組みを導入している場合も多くあります。
SHARP:すぐ、Xで投稿する投稿内容(=中身)のことに焦点がいきがちですけど、そうじゃない。広告っていうものに自分の24時間を0コンマ数秒でも奪われたっていう嫌悪感があるわけです。

「広告」っていう存在に遭遇したときに、そもそも嫌悪感を抱かれることが多いことを丁寧に受け止めないと僕はダメだと思いますよ。だから、企業のコミュニケーションは広告という枠組みから僕は外れなきゃいけないと思ってやっています。
その意味でもSNSでは、やっぱり主語は「私は」じゃないと通っていかないものだと思っています。社名で企業アカウントをやっていて「誰も聞いてくれない」っていうのは、会社の規模関係ないとも思います
もしかしたら、「企業アカウント」っていうものを、皆さんちょっと重く考えすぎじゃないかと思うときがあります。まるで新聞広告を出すかのように、“多くの人が見られる”って。それも本当は怪しいです。
見られるっていう気負いみたいな。まずは「見てもらうため」にはどうすればいいか、と考えるマインドが大事かもしれません。
(取材協力:SHARP山本隆博氏)
