購買データが示す“事実”と、本人の“本音”はしばしば別物だという痛烈な教訓である。巨大プラットフォーマーが流通を握る現在、売り手が見ているのは購買履歴の影絵にすぎず、「毎日買う人＝ロイヤル顧客」という安易な図式は、企業を簡単に迷路へ導く。今回取り上げる書籍『顧客価値を劇的に高める生成AIマーケティング』は、この“視界不良”を生成AIによる対話データで晴らし、真のロイヤル顧客を育てる方法を提示する一冊だ。
顧客の本音が見えない時代に
「毎日買う人＝ロイヤル顧客」ではない
「毎晩同じヨーグルトを買う妻は、その銘柄の熱烈なファンだ」。そう信じていた著者が、ある夜“気を利かせて”同じ商品を買って帰ると、妻は「閉店間際で他に残っていないから仕方なく買っていただけ」と言い放つ。購買データだけを根拠にした“思い込み”が粉砕された瞬間だ。
巨大プラットフォーマーを介したECでは、誰が・なぜ買ったかという情報は販売者に戻らない。結果、企業は「毎日買う人＝ロイヤル顧客」と早合点し、施策を外す危険と隣り合わせになる。本書は、こうした視界不良を晴らす武器として生成AIを提案する。
生成AIが開く「対話データ」の世界
著者が提示するのは、ChatGPTを核にブランド人格・商品知識・顧客履歴を学習させた「Brand Dialogue AI®」。人の代わりに顧客と会話し、そのやり取りをデータベクトルとして蓄積・分析し、次のマーケティングへ即座に反映する仕組みだ。
構築プロセスは5つの段階に整理されており、読者は「なぜデータを溜めるのか」を腹落ちさせたうえでAIコンタクトセンターを立ち上げ、会話ログを数値化し、分析結果をクリエイティブやCRMへ循環させる流れを図解付きで追体験できる。
コーダイくんが証明した“雑談”の力
理論を血肉化する事例が、オーダーメイドスーツブランド・FABRIC TOKYOでの実証実験だ。LINE上のAIスタッフ「コーダイくん」は4カ月で149人と1,203回の対話を行い、AIと話した顧客の90日以内購入率を非接触層より大幅に押し上げた。
会話内容の多くは商品説明ではなく「博多に泊まっています」「仕事での出張なんです」「酔いを覚ますにはどうしたら良いですか？」といった雑談だった。AIだからこそ気軽に本音をこぼせる心理的ハードルの低さが、企業への親近感を生み、リピートへ自然に背中を押す。著者はここに、ロイヤル顧客醸成の決定打を見いだす。
購買「後」を起点に戦略を組み直す
人口減少で新規顧客の母数が細るいま、本書はマーケターに「購買後重視」への転地を迫る。満足→リピート→推奨へいたる顧客旅をAIによる対話で支え、買った瞬間から始まる顧客との関係性をしっかり設計すべきと説く。ファネルを逆転させた図版は、従来型マーケティングの限界を直感させる。
AIコンタクトセンターが蓄えるベクトル化データは、クリエイティブ開発やプロモーション企画の自動生成まで視野に入る。対話→データ→施策が高速で循環する企業だけが、顧客と“本音で向き合う”時代をリードできる。それが本書のメッセージだ。
AIを活用し「長期優良顧客」をどう醸成するか
著者である大広WEDOテクノロジーチームは、1970年代のTVショッピング創成期からダイレクトマーケティングを手がけ、「顧客づくり」に歴史的な強みを培ってきた大広のグループ会社に属する。長年培った“深い繋がり”へのこだわりと、生成AIの登場が交差し、「AIで顧客関係を再構築できるはずだ」という直感が本書の出発点だったという。
著者は、世に多いAIマーケティング本が効率化やコストダウンを主題に据えるのに対し、本書は「長期優良顧客をどう醸成するか」という価値向上のテーマを前面に押し出した点で異なると強調する。そのため対象読者も、エンゲージメントを深めたいマーケターや、従来の顧客対応に限界を感じる現場責任者、D2C事業者、そしてAI活用の具体策を求める実務家を想定している。
さらに「AIを単なる効率化ツールではなく、顧客との信頼を築くパートナーとして捉えてほしい」と語り、読後には“まず小さく導入し、対話を始める”という具体的な一歩を踏み出すことを期待している。
加藤誠也 アドクロ編集部
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