「賞味期限10分」が生み出す強烈な希少性
1つ目が、鳥取県の大江ノ郷自然牧場の事例です。ここでは「賞味期限10分」のパンケーキという「非常識」な魅力で広域集客に成功しています。利便性や日持ちが重視される中、この戦略は一見非効率です。
しかし、この「10分」という時間制限が強力なマーケティングフックとなります。「今、この場所でしか味わえない」という強烈な希少性と限定感が、顧客の「どうしても食べてみたい」という強い欲求を刺激するのです。ターゲットは食通、SNSで話題性を求める層、体験重視の家族連れや観光客など、従来の主な顧客層を超えて広がっています。このパンケーキ自体が強力な来店動機となり、実際に牧場へ足を運ばせる力を持っています。
そして、こだわりの地元食材を用い、牧場の雰囲気や統一されたブランド世界観の中で出来立てを味わうという一連の「体験」が、顧客満足度を最大限に高め、口コミやSNSでの拡散を促します。まさに、一見不利に見える「制約」を逆手に取り、それを唯一無二の「価値」へと昇華させた好例です。
2つ目は、山口県柳井市のあさひ製菓株式会社です。同社は銘菓で知られていますが、菓子メーカーとしてユニークな地域参加型イベント「YANAI MOON NIGHT」を手掛けています。
数千個もの光る風船を夜空に一斉に放つ幻想的なイベントで、その目的は単なる商品宣伝に留まりません。参加者に忘れられない感動体験を提供し、地域コミュニティとの絆を深め、ブランドへの親近感を育むことに重きを置いています。
夜空を埋め尽くす光景はSNS映えし、参加者による自発的な情報拡散を促進。これにより、これまでブランド接点が薄かった層や、ユニークな体験を求める観光客など、新たな層への認知拡大と興味喚起に繋がります。同社の代表商品のプロモーションと連動して開催されることもあり、参加者は美しい光景を楽しみながら自然とブランドや商品に触れる機会を得ます。
初開催時には約700名が来場し、好評を受けて規模を拡大して継続されているとの報告もあり、直接的な販売ではなく、共有される感動体験を通じて顧客との長期的な関係性を構築しようとする、地域に根差す企業ならではの示唆に富んだアプローチと言えるでしょう。
これら2社の事例は、限られたリソースの中で知恵を絞り、顧客が真に求める「体験価値」や「共感」に焦点を当てることで、大企業とは異なる土俵で確かな成果を上げられることを示しています。常識にとらわれない柔軟な発想と、顧客の心に深く響く独自の価値提供こそが、中小企業が新たなファンを掴み、持続的な成長を遂げるための鍵となるのです。
常識を疑い、新たな顧客価値を創造する
新規顧客獲得の従来戦略に限界が見える今、固定観念を打ち破る「非常識な一手」、すなわち発想の転換が求められます。ここで言う「非常識な一手」とは、単なる奇抜さではなく、業界の慣習や自社の思い込みを根本から疑い、本質を問い直す知的な探求です。未開拓のニーズや顧客の深層心理に目を向け、全く新しい価値を提供する挑戦であり、これこそが新たな顧客層への扉を開く鍵となります。
このような大胆な発想転換が有効なのは、第一に、均質化しやすい現代市場で他社と明確に異なる独自のポジションを築き、埋もれていた層の注目を集めることができるからです。意外性や提供価値の新規性は、人々の心に強く残ります。
第二に、顧客自身もまだ意識していないかもしれない隠れた不満や願望を掘り起こし、それに応えることで、新たな需要そのものを創出する可能性を秘めている点です。多くの企業が既存顧客の声に注力する中、あえて市場の「外」の声に耳を澄ますことが、革新的なアイデアの種となり得るのです。
この「逆転の発想」は偶然の産物ではありません。顧客が抱える「不便」「不満」「不安」といった感情や、満たされていない期待の根本原因を深く探求すること。業界の「当たり前」に対し、常に批判的な目を持ち、「より良い方法はないか」と問い続けること。そして、自社の強みを固定的に捉えず、新たな視点から価値を再定義し、異なる市場ニーズと結びつけること。こうした具体的な視点と、それを支える論理的なアプローチが不可欠です。
これらの発想の転換や新たな価値創造の試みは、単なる思いつきや主観に頼るのではなく、客観的なデータや顧客観察に基づいた仮説構築と、迅速な検証を繰り返すエビデンスベースドなアプローチによって、その成功確率を大きく高めることができます。
非常識な新規顧客獲得のまとめ
今回は、新規顧客獲得の新たな道を切り拓く「非常識な一手」について、具体的な企業の挑戦を通じて探ってきました。
市場の常識や過去の成功体験にとらわれず、顧客の本質的なニーズやまだ満たされていない期待に目を向けること。そして、品質への回帰、記憶に残る体験の提供、心揺さぶる共感の創造といった、自社ならではの価値を追求する勇気こそが、これまで出会えなかった顧客との新しい関係を築く原動力となります。今回の事例が、皆様のビジネスにおける「逆転の発想」のヒントとなれば幸いです。
次回は未顧客理解をさらに進め、「顧客ロイヤルティ」について解説します。
- つきみ株式会社HP：https://tsukimi.ne.jp
- X(旧Twitter)：https://x.com/tatsumin_ec
- note：https://note.com/tatsumin_ec
山本達巳 つきみ株式会社
記事ランキング
