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SHARPアカウントの“人間”らしさ 80万人が支持する親近感の裏側
企業のSNS活用が飛躍的に進む中、X(旧:Twitter)上で80万人を超える驚異的なフォロワー数で異彩を放つ企業アカウントとして注目されているのが「SHARP(@SHARP_JP)」です。着飾らない直球な発信や親しみやすい雰囲気、そして愚直なまでに1対1の対話を重視するアプローチで、企業アカウントの新たな可能性を切り開いています。
アカウントを運営する山本隆博氏は、テレビCMなどのマス広告担当からXの運用担当に転身。広告制作側の時に抱いていた「しんどさ」をバネに挑戦を決意したといいます。時に「ゆるい」と評される独自のツイートスタイルで幾度となくニュースを賑わせ、企業と消費者のコミュニケーションに新風を吹き込んできました。
【SHARPアカウントの投稿例】
アドクロ編集部では、この公式アカウントで舵取りをしてきた山本氏に取材を実施。2回に分けて、SHARP「中の人」を紐解きます。第2回の今回はSNS時代における企業コミュニケーションの在り方について掘り下げていきます。
“人間”がやっていると感じてもらえることが重要
編集部:普段ボソッとつぶやく投稿もあれば、製品の紹介投稿もありますが、投稿の内訳は考えていますか。
SHARP:特に考えてないですね。ユーザーから見て一方的な企業の発信に見えないようにやろうってイメージです。
投稿の割合とかは特に意識していなくて、“人間がやっている証明”になればいいと思っているんですよ。生身の人間がやってるっていうことを証明しておきたいっていう気持ちが大きいです。
編集部:人間“味”を出すって事ですね。
SHARP:いえ、人間“味”ではなく、“人間”がやっている証明です。だから、本当に個人アカウントでボソッとつぶやくような投稿が入ってても、全然いいって僕は思うんです。
編集部:「“人間”がやっている証明」はなぜ必要なのでしょうか。
SHARP:信用を得るためですね。「こいつの言ってることは聞いてやってもいいかも」って思われるためには、少なくとも「会社が言っている」のではなく「人間が言っている」って思われないと信用が積み上がらない気がします。
消費者から見たときに、会社の名前がついていたり、アイコンが社名である時点でそのアカウントは“広告”で、その時点でポストを見る義理はないわけです。その義理のなさをお金で解決してきたのは、たぶん今までは“広告”であって。「人の注意」を札束で買ってきたわけです。
編集部:ただ…企業アカウントってどうしても、“企業感”って出ちゃいますよね。
SHARP:人間がやっていると判断するのって、映像だと思うんです。人が喋っている映像であれば、当然人間が喋っていると認識できます。だけど、テキストのみだとコミュニケーションの主体が分かりにくい。
【アカウントを運用する、シャープマーケティングジャパン株式会社 山本隆博 氏】
そう考えた時、テキスト上で人間がやっている事を表すには、「私」が主語になる必要があると思うんですよね。主語が「シャープ」とか「我が社の商品は」とか、主語が大きいと「あれは会社」という風に思われるわけです。
【SHARPアカウントの投稿は、主語が「私」となっている】
コツコツと「私が」っていう主語で発信をし続ければ、少なくともそのアカウントを毎日見ている人にとって、人間がやっているんだなって信頼が担保されていくわけです。
編集部:確かに、「弊社」とか「自社商品」って言いがちかも。
SHARP:たぶん、言葉の力はあまり舐めない方がよくて。前向きに続けていけば、その信頼を勝ち得ていけるわけですよ。
「私が」っていう主語で毎日毎日言葉を積み重ねていったら、「こういうやつがやってるんだな」っていう、文脈が生まれます。だから、絶対に毎日じゃなきゃいけないし言葉も注意して、「主語がでかくなっていないか」を丁寧にやっていかないと。もちろん、一朝一夕にはできないわけです。
編集部:消費者と同じ目線に立てるかが重要ってことですね。
SHARP:よく会議とかで「お客さん目線で」と言われますよね。お客さん目線でって言うからには、自分自身がお客さんの方に歩み寄っていかなきゃいけないはず。だけど、ここ(=企業視点)のまま意見を言っている人が多い。
仮に会社があって、お客さんがいたとしたら、僕は少なくとも会社側からはみ出てお客さん側の方に踏み出さないと距離は近づかないと思っている。会社から半分はみ出すことで、お客さんとの距離が縮まる。そこで、ようやくスタートラインに立てるのではないかと思っています。
この姿勢が、企業アカウントに対する「どうせ広告でしょ」っていう疑心暗鬼みたいなのを半分和らげることができると思っています。ある意味、自分の会社を半分冷静に描写しながら投稿が出来れば「こいつは冷静に語る人なんだな」と客観性みたいなのが担保できる。
トレンドはフォロワーから教えてもらえる関係性
編集部:普段、新しい情報とかトレンドはどう集めているのですか。
SHARP:フォロワーさんが教えてくれますね、全部。
最近、Xのレコメンドのタイムラインができてしまってるでしょ。そこで拾うのもあります。ただ僕が一番多いのは、皆さんが教えてくれるケースです。
エゴサ(※個人・企業が自分自身や自社をインターネットで検索して調査する行為)しても出てこない、投稿されたポスト内の写真中に写り込んでるSHARP製品とかどうやって見つけるのか聞かれますが、あれも全部誰かが教えてくれるからその期待に応えているだけです。
実際、ほぼ通知欄(※投稿に対するレスポンスが見れる通知一覧画面)しか見ないですし、教えてくれるっていう関係性が築けたことには僕は満足してますよ。
編集部:フォロワーさんとは、どんなやり取りが多いのですか。
SHARP:一番多いのは「買いました報告」ですね。2番目が「買い物相談」、「これ迷っているんだけどどうしたらよいと思う?」みたいなものです。場所がバーチャルなだけで、接客とほとんど変わらないです。
編集部:普段、投稿する上で意識しているポイントってありますか。
SHARP:「勤務中」だという意識を持ってやることですね。先ほど話したように、僕は会社から半分はみでていますけど、全身はみ出しているわけではないです。あくまで会社に在籍しているわけで。どんなに乱暴な人でも、多分接客の仕事をしていたら接客中は乱暴にならないじゃないですか。それと一緒だと思いますね。
編集部:他にも、意識しているポイントがあるそうで。
SHARP:広告として考えることをやめること、です。
例えば、Xを広告とかマーケティングツールって考えると、「リーチしなきゃ」みたいなことを思うじゃないですか。誰に対してリーチしないといけないかっていったら、多分、自分の中で思い描いている勝手なお客さん像ですよね。大量のリーチを獲得するために、デカい網を投げないといけないって気分になりますけど、そうじゃないと僕は思うんですよ。
僕の場合、「買っていない人」より「買った人・買おうと思ってくれている人」と仲良くします。「買ってどうでした?」っていって本音を教えてもらえる関係性が大事だと思っています。
「今日キャベツ安いですよ」って声をかけて売っていく感覚
SHARP:Xって商店街にいる、八百屋の兄ちゃんぐらいの感覚なんですよ。
編集部:八百屋の兄ちゃん…ですか?
SHARP:そう、八百屋の兄ちゃん。
毎日こっちは売るものが沢山ありますし、季節に応じて入荷も変わっていくわけです。で、お客さんはお店の前を通りがかりますよね。もし顔なじみの人にあったら、「きょう暑いですね」とか声かけると思いますが、その感覚です。
軒先に入ってきた人と会話して、相手に合わせつつ「今日はキャベツ安いですよ」って声をかけて売っていくわけです。
でも、デジタルマーケティングとかの話になると、「なんで通りがかった人にキャベツをコンバーションさせないんだ!」って思考になるわけですよ。通りがかった人の事情は考えず、キャベツを投げつけて売ろうとしてるわけでしょ、「何で買わないんだ?」って。
それを別に僕は否定はしないし、そうしなきゃいけない世界があるってのは分かっていますが、少なくともSNSでは違うなと。だから自分自身の自戒も込めて、SNS始めたときからこの考えをもってやり続けてます。
企業アカウントの装いとかに悩む前に、小商いをするというか、まず小さなアカウントだと思ってやってみたらいいと思います。
「広告」が嫌悪感に繋がっている可能性を丁寧に受け止める
編集部:SHARPが思い描いている、今後の目標ってなにかありますか。
SHARP:「広告が嫌われている」っていうのが、どうにかなってほしいんですよ。
僕は10年以上、広告じゃない形でどうやって広告が成立するかみたいなことをずっと考えてやってきましたが、僕は広告がもっと減ってもいいと思うんです。もしくは、少なくともこれ以上嫌われたくない。
編集部:過去、広告の制作担当をしていた経験も大きいのでしょうか。
SHARP:そうですね。作る側の乱暴さみたいなものを知ってるし、出たら出たで認知とかリーチとか、あの無慈悲さみたいなものを感じるんです。
もちろん、素晴らしい事例は毎年いつでもあるじゃないですか。素晴らしい広告を見て、いいなとか、すごいなって思う。でも、そうじゃない広告が膨大にあるわけですよね。どっちかっていうと、「そうじゃない広告」をどうにかしていかないといけないと思います。
だって、今はお金を払って広告を見ないようにしている人もいますよね。企業はお金を払って広告を出しているし、広告を見たくない人はお金を払って見ないようにしてるわけです。意味がわかんないですよね…こんな世界、誰が望んだんだと。
編集部:たしかに、サービスによっては有料プランを設けて“広告が非表示になる”仕組みを導入している場合も多くあります。
SHARP:すぐ、Xで投稿する投稿内容(=中身)のことに焦点がいきがちですけど、そうじゃない。広告っていうものに自分の24時間を0コンマ数秒でも奪われたっていう嫌悪感があるわけです。
「広告」っていう存在に遭遇したときに、そもそも嫌悪感を抱かれることが多いことを丁寧に受け止めないと僕はダメだと思いますよ。だから、企業のコミュニケーションは広告という枠組みから僕は外れなきゃいけないと思ってやっています。
その意味でもSNSでは、やっぱり主語は「私は」じゃないと通っていかないものだと思っています。社名で企業アカウントをやっていて「誰も聞いてくれない」っていうのは、会社の規模関係ないとも思います
もしかしたら、「企業アカウント」っていうものを、皆さんちょっと重く考えすぎじゃないかと思うときがあります。まるで新聞広告を出すかのように、“多くの人が見られる”って。それも本当は怪しいです。
見られるっていう気負いみたいな。まずは「見てもらうため」にはどうすればいいか、と考えるマインドが大事かもしれません。
(取材協力:SHARP山本隆博氏)
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